こんなことがあるのだろうか。何か運命に支配されているとしてもおかしくない。

私たちがアッツ島に入った日、偶然にも日本人が1人本土から飛行機でやって来ていた。現地のコーストガードにしたら、打ち合わせて入って来たと思われても仕方がない。

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アラスカの果ての無人島に近い小島に、同じ日に日本人が別々に来て会うということさえ、まるで本の筋書きのようだ。

その島に入るには、アメリカ政府に書類を申請し、受理されるには何年も掛かったという。彼はカメラマンで、彼の師匠の志を継ぎ、玉砕の島アッツ島の写真を撮りに来たところだった。

一般人の住む島ではないから、ホテルはもちろん、店1つない。だから、日本人の遺族たちもなかなか入れず、その場合は、乗ってきた船に泊まるしかない。彼は、テントと食料を持参するという条件で来ていた。

日本人が居るということで、お互いにびっくりだったが、外国、それも最果ての島で、母国人に会うというのはうれしいことで、さっそく彼を夕食に招待した。何しろ日本語で話せるのだ。

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その日は、釣れたタラとお豆腐でお鍋にした。カロリーメイトしか持ってきていないという彼は大喜びだ。

ゲストブックに名前と住所を書いてもらい、神保町という地名から、ひょっとして一橋中学? 私は小学生の頃、引っ越して越境していたが、彼は未だに地元。共通の先生の話題、千代田区連合運動会など話題は盛り上がる。2年先輩だから、同じ時期に同じ体験もしていた。

不思議なことにこれ以降もひょんなことから一橋の同窓生には出会うことが多い。何しろ当時は1クラス50名位で1学年12クラスもあった。スパルタ教育で有名で女子は1クラス10名足らずだったが、一番楽しく、一番勉強した時代だった。そして素晴らしい先生が多かった。

旅に出て最初の島で日本人に会い、その後も行く先々で日本人に会うことになるが、どんな辺境にも日本人がいる。