PRINCE RUPERT・・・大きな港町である

私達が係留したのは

RUSHBROOK PABLIC FLOATSである

小型船の船溜まりである

防波堤は浮き丸太で、港内は結構ゆれる

 

10月30日、銀行、マーケット、海図屋を探しに出かける

途中、PRINCE RUPERT Y.C.(ヨットクラブ)に寄る

83歳の日系二世、JACK TASAKAさんに会った

「君たちが日本から来たカップルか?」

「後から、君らの船へ行っていいかな・・・」

 

清潔な街である

両替、食糧、ガイドブック、海図

カナダの釣りライセンスなど購入し船に帰る

大きな街なので結構歩いた、帰路はタクシーにした。

20110921154040

戦前は人口の半分は日本人だった

戦争が始まり日系人は全ての財産を没収され

内陸の強制収容所を点々と移動させられた

 

終戦後、ほとんどの日系人はこの町に帰ってこなかった

ゼロいや、マイナスからの再出発である

TASAKAさんは再起し、食糧難の母国のためと

船を造り、漁をし、缶詰に加工し、日本と水産物の取引を始めた

 

カナダの日系人社会では

TASAKAさんの名は歴史の一部として浸透している

漁師、ボートビルダー、実業家として

地域の人々から「ジュウドウさん」と呼ばれ、尊敬されていた

 

オンディーヌの折れたマストをみて

修理の費用に困ったら

私の保証で銀行から借りられる様手配すると云ってくれる

見積もりでは、1万米ドルが必要だった

幸い、保険でカバーできた

 

寡黙な中にも細々気を使っていただきました

TASAKAさんに日系人としての責任と、プライドを感じました

私達も「恥ずかしくない日本人」として

旅をつづけなくてはと、肝に命じさせられた出会いでした

 

「今の私のボートはパワー不足・・・

近々、もっとハイパワーのエンジンに変えるんだ」と

おっしゃるパワフルな方でした。